結婚式で新郎の親族として紹介される時でも、「学生に勉強を教えずに釣りばかり教えている大学教授」などと冷やかされる始末である。
ある日、近くに寄ったついでに先輩Rのいる大学の部屋を訪ねた。
その部屋には顔見知りの先輩がもう一人同室していた。部屋の真ん中には大きな水槽があり、その中で15㎝程の小さくて綺麗なヤマメが気持ち良さそうに身をひるがえしていた。
「先輩これどうしたの?」
「奥多摩で釣ってきた。」
「こんなに小さいのかわいそうだよ。」
「大きくなるまで大事に育てて、川に戻すんだ。」
幸せそうな表情を見ていると、それ以上何も言えなくなった。正論かも知れない。
小さいまますぐに釣られて心ない釣り人に一口で食べられてしまうよりは・・・。なによりも大好きなヤマメと一緒の空間で時が過ごせると言う贅沢がちょっぴり羨ましかった。
真夏に涼を運んできたヤマメに、同室のもう一人の先輩も嬉しそうだった。
それから3週間後、ボクシング部のコ-チをしに大学に来た際に、先輩Rではなく、あのヤマメに会いたくて部屋を訪ねた。
入ったとたん、部屋が暗く感じた。二人ともいるのだが表情が沈んでいる。
とっさに水槽に目をやると、あのヤマメはいなかった。
「死んじゃったの?」
「・・・」
「先輩のことだから涙浮かべながら土掘って埋めて、墓作ったんじゃないの?」
「・・・」
すると突然もう一人の先輩が、悲痛な表情で私に訴えるように「それならまだいいよ!
いまだ別れられなくて死んで一週間も経つのに、皿にのせて冷蔵庫の中にまつってるんだから・・・。一緒に暮らして冷蔵庫利用してる俺の気持ちが分かる?」
私は「変人じゃないの?!」と冷やかしながら部屋を出た。
同室の先輩も可哀想だが一番可哀想なのはヤマメである。