歌いに行く場所と言えばスナックかパブだった。カラオケ自体がまだ流行ってない時代だけに歌の上手い人よりもヘタクソが圧倒的に多かった。
その中でも特にヘタクソな友人二人がデュエットした。私も含めて仲間は7名。
そこはホームグランドの浅草のとある地下のパブ。広くて暗くて豪華である。エンジ色でビロードの大きなソファーに大理石のテーブル、大きなシャンデリアとやはりエンジのカーテン。映画でよく見るやくざ同士のドンパチが似合いそうな今ならば重要文化財に指定されそうな作りである。
白のタキシードを着てポマードで髪を光らせた細面のお兄さんがニコニコと微笑みながらピアノを弾き始めた。
歌う二人の名は、ミツヒコとトシボウ。浅草界隈ではやんちゃで有名な二人だが、音痴でも有名だ。
しゃがれて甲高いミツヒコの歌声と低くしゃがれたトシボウの歌声は、お互い軽く1オクターブは音程が外れて、この世のものとは思えない偶然で奇妙なハーモニーとなった。坊さんのお経と狂言師との戦いにも聴こえる。店内爆笑。
ピアニストの微笑みはすぐに消えて、優しい顔がみるみる険しくなって行く・・・眉毛を吊り上げ口がへの字に変わってゆく様子は、映画「大魔神怒る」を思い出させた。
「バーン!」
ピアニストはいきなりピアノを叩いて、唇をワナワナと震わせながら吐き捨てるように言った。
「やってらんないよ!」
そして店を飛び出してどこかへ行ってしまった。
ピアニストには悪いが、私は人生でこの時ほど笑い転げた事は無かった。(*≧m≦*)